「地域助け合い基金」助成先報告
【個人】 柳下柚子
東京都練馬区助成額
150,000円(2023/03/20)助成⾦の活⽤内容
本活動では、放課後等デイサービスを利用しており、普段管楽器を演奏する機会がない子どもたちのために、プロの音楽家が管楽器の指導を実施する。日本では学校の吹奏楽部が盛んな一方で、習い事としての管楽器教育はまだ一般的ではない。特に障がいを抱える子どもたちへの指導は進んでおらず、彼らが管楽器に挑戦できる機会は非常に少ない。
そこで本活動では、障がいや困難を抱える子どもでも無理なく楽器の演奏に挑戦できるように、管楽器の早期教育が盛んなドイツの音楽教育メソードを活用する。楽器練習にストローやペットボトルを使った呼吸のためのアクティビティ(「ストロー吹き矢」「お水をぶくぶく」など)や口の体操(「あいうべ体操」など)を準備運動として組み込むことで、子ども達が“遊びの感覚の延長線で”自然と音を出す感覚を身に付けられるメソードである。さらに、使用する楽器は水道ホースを用いたホースホルンなどの簡易的な楽器から、日本でまだ普及していないヨーロッパの手軽なユニバーサルデザイン楽器まで、複数種類を子どもの体格や特性に合わせて活用することで、誰でも“音が出る喜び”を体験できるようにする。
半年間の指導の最後には、プロの音楽家や地域の人々を交えたアンサンブル発表会を実施する。地域の人たちに子どもたちの成長を届けることで、地域社会との交流促進や相互理解を深めるとともに、子どもたちの自己表現や社会参加への意欲もサポートする。一人一人の特性に合わせたプロの音楽家による新たな指導で、境遇や環境を気にすることなく、子ども達が自分たちの新しい可能性に思い切りチャレンジできるような機会を創出したい。
活動報告
本活動では、ハンディキャップを抱える子どもたちに管楽器の演奏を体験してもらうため、ダウン症の子どもたちへリトミックを行う団体“ミックスジュース”様および“ミュージックパーク”様にご協力いただき、管楽器指導を行いました。今日の日本では、子どもたちが管楽器を始めるきっかけの多くは学校の吹奏楽部で、個人的な“習いごと”としてはまだ一般的でなく、敷居が高いイメージもあるかと思います。部活動に参加できず、これまで管楽器に触れる機会がなかった子どもたちにもぜひ管楽器の演奏に挑戦してもらいたいと思い、本活動に至りました。
ダウン症の子どもたちは、管楽器の演奏に重要な口唇や舌の筋肉が弱いため、本活動では楽器を持つ前に行う活動に力を入れました。口周りの筋肉を刺激する体操を行ったり、ティッシュなどの日用品を使って楽器を吹く時の息遣いを体感してもらったりしました。子どもたちには遊びの感覚の延長線上で、自然と楽器を吹く時に必要な体の使い方を感じてもらうことを目指しました。このような学習方法は、彼らと同じようにまだ口腔機能が発達していない幼児への音楽教育が盛んなドイツの教育メソードに基づいています。
本活動で使った楽器は、教育用に開発された3種類のプラスチック製管楽器です。管楽器教育では、本物の楽器で学ぶ前の“導入楽器”と呼ばれることもあり、まだ身体の小さな子どもの早期教育に活用されています。1つ目は、トランペットの導入楽器としてよく使用されるビューグル(信号ラッパ)と呼ばれる楽器です。ピストンのないシンプルな構造で、本物のトランペットよりかなり軽量であるため、力の弱い子ども達でも楽に構えて演奏することができます。2つ目は、クラリネットやサックスのような木管楽器の導入として使われる縦笛ドゥードです。リコーダーと似たような構造ですが、吹き口はクラリネットやサックスと同じ形が採用されており、これらの楽器を吹く時の口の形(アンブシュア)を学ぶことができます。3つ目は、フルートの導入として使われる横笛ファイフです。フルートと同じ吹き口の形状ですが、大きさは半分程度で軽量化されており、指使いも簡略化されています。
この3種類の楽器のうち、残念ながらファイフは音が出せるようになる子がほとんどいませんでした。ファイフは息を入れる角度や量が重要で、たくさん息を吹き込めば音が出るというわけではありません。子ども達にとって、音を出すコツを掴むまでが最も難しかったのではないかと感じています。次にハードルが高かったのはドゥードで、音が出るようになったのは参加した子ども達の半分以下程度でした。ただ、この楽器は指使いが簡単なので、音が出せるようになった子はすぐ音の高さを変えられるようになり、演奏を楽しんでいました。子どもたちにとって最も演奏しやすかったのはビューグルで、ほとんどの子どもたちが音を出すことができるようになり、最後には簡単なアンサンブルにも取り組むことができました。ビューグルには音の高さを変えるピストンがありませんが、口の中の形を変えることで音の高さを変えることができます。難易度の高い技術ですが、何も教えなくても高い音が吹き分けられるになる子が何人かおり、大変驚きました。
子どもたちは初めて触れる管楽器に目を輝かせ、夢中になって練習してくれました。音が出せるようになって、大喜びで声をかけてくれる子どもたちの姿を見ることができ、とても嬉しく思っています。中には体験した楽器を購入してもらって自宅で練習するようになった子もおり、彼らの新しい可能性を広げるサポートができたことを大変光栄に思います。一方で、管楽器をこれから継続的に学んでいく上での課題も感じました。管楽器教育で重要なことは、適切なアンブシュアを身につけることです。今後様々な楽曲を演奏していくためには、口の周りの筋肉を適切な使い方や、演奏時の舌のポジションなどを覚えなければいけません。しかし、口の中の動かし方は外見からは見えないので、子どもたちへの指導が最もが難しい部分です。今回、ビューグルについては音が出せるようになった子がほとんどでしたが、適切なアンブシュアを教える段階にまでは、残念ながら至れませんでした。音が出せるようになった“その先の教育方法”を考えることが、これからの課題であると感じています。特に、ダウン症の子どもたちが抱える口腔機能の課題にアプローチできる教育方法を模索したいと思っています。本活動の取り組みをきっかけに、多くの人にハンディキャップを抱える子どもたちへの管楽器教育の可能性が伝われば嬉しいです。本活動にあたたかいご支援・ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。
今後の展開
私は管楽器教育について研究しており、特に楽器を始めたばかりの人たちのより良い学習方法を重要な研究課題としています。管楽器はピアノやヴァイオリンといった楽器と比べて、学習初期の教育メソードがまだ確立していません。楽器も高価で、子どもが扱うには難しいと思う方も多いかと思います。しかし、本活動で使用したような導入楽器を活用すれば、手軽に管楽器に挑戦することができます。多くの方に、管楽器教育の可能性を感じていただければ幸いです。
管楽器を学ぶ上で最も大きなハードルは、楽器を吹く時の口の形(アンブシュア)を覚えることと、息の使い方を覚えることです。しかし、この2つは外からは見えないので、教育者が指導方法を工夫する必要があります。そこで私が着目しているのが、歯科分野との連携です。本活動でも実施したお口の体操は、口腔筋機能療法(MFT
)と呼ばれるトレーニングで、口周りの筋肉バランスを整えて正しく機能させることを目的としています。MFTは小さな子どもや高齢者が自宅で日常的に実践することを想定としたトレーニングが多いため、対象者の年齢や環境を問わず誰でも取り組みやすいトレーニングです。このようなトレーニングを管楽器の学習にうまく取り入れることで、ハンディキャップを抱える子どもたちでも楽しく管楽器に挑戦してもらいたいと思っています。
学校で勉強する算数と違って、音楽に“ただ一つの正解”はありません。音楽は子どもたちの心を開き、これからの人生に豊かな彩りを与えてくれます。特に、楽器を手にして、音が出せるようになった時の喜びは何にも変えられません。今後もより多くの子どもたちに、管楽器の魅力を感じてもらうことができるような研究・活動を続けていきます。ぜひ、応援よろしくお願いいたします。